うーん、はてなかあ、という初心。

4年近く使っていたブログを、blockblogからはてなへ移転した。
本当は移転する気はなかった。blockblogには満足していたし、突然閉鎖してしまった今でも(web夜逃げみたいなもんだったが)、感謝の気持ちはあります。



ブログを移転してしまうと、文体まで変わってしまいそうで、怖い。
いっそ編集画面だけでも、一緒にして欲しいとすら思う。
メモ帳に書いてコピペすればいいのだけれど。
というわけで、移転という事に対して僕はとても消極的だし、web資源であれ、物持ちはよくしたい。
新しくお世話になるはてなダイアリーも、出来ることなら末永くお付き合いいただきたいものだが、未来は分からない。



ブロックブログがだめになったので、移転先を考えた時、当然はてなは真っ先に考えた。最大手だ。異論はない。ないが、どうしても、よし、はてなで行こう、という気分にはなれなかった。うーん、はてなかあ、という気分である。
はてなのことは昔から知ってたし、キーワード機能は凄いと思った。wikiを知る前は、それで検索をしていた。
邪魔な広告もない。この先、突然サービスが終了する、ということも(たぶん)ない。画像や動画の切り貼りは前より手軽に出来る。アカウントも、既にある。



最後の一歩が出なかった最大の理由は、知人の多くが使ってるからかもしれない。
天邪鬼な人間で、流行ってるものは通りたくないのだ。
クロックスは、今からでは履けない。2年前に知っていたら履いたかも知れない。つまらない拘りだと思うけれど・・・。
まあ、多分、他のレンタルサーバを見ても、多分同じように思うだろう。うーん、エキサイトかなあ。



使ってみて、さすがはてな、というか、色々、便利そうである。



当然、しばらくweb日記をおやすみしようかとも思った。
むしろ最近は、あまり書く気になれない。
それでも、書かなくても、自分のブログというものが、あって欲しいのだ。web日記なぞを書き始めて、まがりなりにも10年経った。自分との間には、なんとなく、切るに切れないものになったのだと思う。



最近よく、本を読む。
今読んでるのはレイモンド・カーヴァー『大聖堂』(村上春樹訳)。
前作の『愛について語るときに我々の語ること』を、2年近くかかって読み終え(ちょっと読んでから、積本にしてた)、ここ1週間で再読し、続いての作品である『大聖堂』に手を出した。
どちらも短編。一話ずつ、舞台がリセットされるので、なかなか読むのも大変。
目玉は、訳者村上春樹による解題。1話1話について、これこれこういう話で、こういうところが見所だと。
本文を読んで、ちょっと時間をおいて、解題を読んで、もう一度そこを読む。これが結構面白かったりする。
現代文というより、美術に近い感じがある。より論理的な美術。



高校生の頃、何で現代文で文学をやるのかよくわからなかったなあ。
評論はまあ、トレーニングだけど、文学は、美術だろ、って感じ。要は、答があるかないか、ということだと思うんだけれど。